2019年9〜10月の日記


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 2019年10月28日(月)  宇都宮   最高気温20.0℃        
 録画しておいたNHKで放送された「牡丹灯籠」を見た。
 連続4回のドラマだった。あまり期待をしていなかったが、初回から引きこまれ、
 次週が待ち遠しいな〜と感じた程。。最近、見たドラマの中では秀逸の出来だと思う。
 恋狂いした可憐で美しい娘の幽霊が、カラン、コロンと下駄の音を響かせ、
 夜ごと愛しい男を訪ねるという幻想的なシーンが有名な傑作怪談「牡丹燈籠」。
 と思っていたが、ドロドロの愛憎のドラマだった。
 話しの内容の濃さ(脚本の良さもある)と俳優陣の演技力、そして背景に流れる音楽。
 怖さと切なさと余韻の残る見応えのある(見て良かった〜)ドラマだった。
 語り部は、なかなかチケットが取れない程、人気の講談師「神田松之丞」だ。
 怪談らしく、怖さを感じる話し方を聞いて「天才」と云われるのも納得を思った。
 恋焦がれて死んだ美しい娘の幽霊が、カラン、コロンと下駄の音を響かせ、
 夜ごと愛しい男を訪ねる怪談「牡丹燈籠」。
 実はこの「お露・新三郎」の怪談話は、初代三遊亭圓朝による長編落語の
 ほんの一部にすぎません。原作は、お露の父・平左衛門とその忠臣・孝助、
 お家乗っ取りを企む希代の悪女・お国と、その間男・源次郎、
 強欲な町人夫婦・伴蔵とお峰…。男女の色と欲が生々しく交錯するドロドロの
 人間ドラマであり、20年にもわたる壮大な敵討ち、因果応報の物語になっています。
 その不朽の人間愛憎劇を、令和元年の新たな視点と演出で、初めて完全映像化します。
 【原作】三遊亭圓朝
 牡丹燈籠」は単なる怪談ではなく、男女の愛欲とカネ、陰謀、
 あだ討ちが描かれる壮大な物語。
 寛保三年、剣客で知られた旗本の青年
 飯島平太郎は、訪れた本郷の刀剣商で
 酒に酔った浪人に絡まれ、若気の至りから
 斬り殺してしまう。幕府によっておとがめなしとの裁定と
 なったものの、全てはこの事件が発端となる。
 時は流れ20年後、平太郎は家督を継ぎ平左衛門となり、
 妻との間には可憐な一人娘・お露が生まれていた。
しかし妻は若くして病死、奥方付きの侍女
だったお国は、やがて家内を取り仕切り、
平左衛門の愛人となり権力を握っていく
ことになる。ある時、壮健な若者・孝助が
士官を願い出てやってくる。
実は孝助は平左衛門とは不思議な因縁で
結ばれた男であった。一方なかなか縁談に
応じず父を困らせていたお露は、医師の
山本志丈の仲介により、美男の浪人、
新三郎と運命の恋に落ちる。
それは許されざる恋だった。
お露が下駄を鳴らして新三郎のところへ 
やってきます。平左衛門(高嶋政宏)が
士官を許した若者・孝助(若葉竜也)は
かつて殺した浪人の息子だった。
隣家の放とう息子源次郎(柄本祐)と
深い仲になったお国(尾野真千子)は
平左衛門を殺して偽の遺言状によって
飯島家を乗っ取る悪計を巡らせるが、
その謀略を孝助に聞かれてしまう。
 お国 尾野真千子
 飯島家の奥方付きの侍女。主君を殺し、家の乗っ取りを策する悪女。
 飯島平左衛門 高嶋政宏
 旗本で、剣の達人。若い頃、酒に酔った浪人を斬り殺した過去を持つ。
 黒川孝助 若葉竜也
 平左衛門を父の仇と知らず飯島家に奉公し剣に打ち込む若い武士。
 宮辺源次郎 柄本佑
 旗本・宮辺家の次男坊。生来の放蕩者でお国と密通の不義を犯す。
 
 一方恋する新三郎(中村七之助)に会えないため病身となったお露(上白石萌音)は
 焦がれ死にしてしまう。しかし、新三郎への思いは捨てきれず・・・
 お露 上白石萌音
 平左衛門の美貌の一人娘。許されぬ恋を嘆き、焦がれ死にする。
 お米 戸田菜穂
 お露の侍女。死後、牡丹燈籠をかざしお露を新三郎に逢わせる。
 萩原新三郎 中村七之助

 美男の若い浪人。平左衛門の娘・お露と一目で恋に落ちる。
 お露と新三郎の物語は終わり、お国と孝助の因縁が勃発します
 伴蔵(段田安則)が見たお露(上白石萌音)は恐ろしい幽霊だった。
 新三郎(中村七之助)は護符を家に貼り読経をして過ごすが、
 なんとしても新三郎に会いたい幽霊たちは、伴蔵と妻お峰(犬山イヌコ)を訪れ、
 大金をあげるかわりに護符をはがしてくれと頼む。金に目がくらんだ伴蔵たちは…。
 一方お国(尾野真千子)は源次郎(柄本祐)と飯島家をのっとり平左衛門(高嶋政宏)を
 殺す計画を実行しようとするが…。物語は佳境へ!
 山本志丈 谷原章介
 新三郎の友人の医師。新三郎にお露を紹介するが、恋には反対。
 伴蔵(ともぞう) 段田安則
 新三郎の下男。夜ごと新三郎のもとに通う女の正体を目撃する。
 お峰 犬山イヌコ
 伴蔵の妻。幽霊となったお露たちから百両をせしめようとする。

 お国と源次郎を追いかけ、孝助が仇討ちに向かいます。
 お国の悪計を阻止しようとして孝助が暗闇のなか斬ったのは源次郎ではなく、
 恩師・平左衛門だった。そこで初めて孝助は平左衛門こそが亡父の仇であったことを知る。
 運命の皮肉さに唖然とする孝助。いまわの際の平左衛門によって源次郎は深手を負い、
 お国と共に逐電していった。平左衛門の遺言を受け、孝助の仇討の旅が始まるが、
 季節が巡っても二人を探し出すことは容易ではなかった。一方、運命は奇異なるもので、
 逐電先の武州で名を変えていたお国に妾として入れ込んでいたのは金百両を元手に
 成金にのし上がっていた伴蔵だった。様々な男女の情欲が絡み合い因果応報の宿命に
 導かれていく・・・

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 2019年10月19日(土)  宇都宮   最高気温22.4℃  朝のうち のち
 宇都宮「マロニエプラザ」で開催されたフリーマーケットに友達4人と行った。
 ジムの友人が手作りの作品をバザーに出しているとの事。
 まず、そのお店へ直行した。3人の作品がきれいに展示されている。
 陶芸教室に通っているとの事で、その作品が多数出品されていた。
 とっても上手でびっくり〜。お値段も安く設定されていたので、数点を買ってきた。
 その後、出店していた20軒くらいのお店を見てまわった。
 手作りの品で、感心するほどの出来栄えの作品が並んでいた。
 みな、器用だな〜と感心した。写真を撮りたいと思ったが、だれもカメラで
 うつしている人がいないので、やめにした。
 その後、ベルモールに戻ってランチを食べた。 「サンマルク」へ。。
 正式名称は「ベーカリーレストラン バケット 宇都宮ベルモール店」。
 サラダと料理とドリンクバー注文してから食べ放題のパンをお皿にとってきた。
 だいぶ前に行った時は焼き立てパンはいかがですか?と
 店員さんが席を回って配るスタイルだったが、今は取りに行き、皿に盛ってくる。
 セルフサービスで人件費をおさえているんだね。
 メイン料理の「白身魚のグリル エビ風味のクリームソース」が運ばれてきた。
 おかしいと気づき、店員さんに聞いてみた。
 調べてみるとシェフに伝わっていなかったとの事で、これから作りますと。。
 新人のスタッフの手違いがあったみたい。
 全員の料理が届いたら、なんと!Fさんの料理の中に髪の毛が。。
 気持ち悪いから、そのお皿を見せてFさんの分を新しく作ってもらう事に。。
 今日はいろいろハプニングがあったが、久しぶりにSさんが加わっておしゃべりに
 花が咲いた。 フリードリングで、グレープジュース3杯、コーヒーを2杯お替りして
 4時過ぎまでお店にいた。 ランチの時間が過ぎるとお客さんの数が減って、
 長居しても大丈夫な雰囲気だったので、3時間以上もいたかもしれない。(笑) 
 お店を出てから駐車場で、また立ち話し。 本当に話しがつきないね。
 Sさんの義母さんの「脱腸」の手術の話しは、ちょっと怖かった。

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 2019年10月5日(土)    宇都宮    最高気温30.1℃ 
 今日はジムの友達3人とランチをしてきた。
 宇都宮で人気のレストラン「ワインビストロ・ラトリシエール」。ネットっで調べてみた。
 ヒルトンホテルでサービスを、ル コルドン ブルーでフレンチを学んだシェフだとか。。
 2006年オープンのお店。 夜はワインがメインのバー形式で常連客も多いらしい。
 肉料理or 魚料理のどちらかを選ぶのだが、2人が肉でもう1人は魚にした。
 まずは、サラダが運ばれてきた。テーブルで「フランボワーズのビネガー」の
 ドレッシングをかけてくれた。香りと酸っぱさが私好みのドレッシングだった。
 次に登場した「若鶏のブリック包み焼きのこクリームソース」の姿にびっくり〜
 小麦粉で作った包皮につつまれた中身は→写真
 その下にはしめじのクリームソース炒め。 とっても美味しい〜
 中にはタケノコ、蓮根、じゃがいもなど。。洋食には使われないと思っていた
 タケノコ、蓮根だが、歯ごたえがなんとも云えず美味しかった。
 とっても凝っている料理で、シェフの腕前はさすが〜と感心した。
 魚料理の「トマトソースの白身魚のポワレ」には長芋が入っていた。
 お互いに少しづつをおすそ分けをした。肉と魚2種類の料理を味わう事が出来た。
 肉料理を頼んだ私だが魚料理で使われたトマトソースも大好きなので美味しかった。
 バケットは、お変わり自由だったが、十分な料理の量だったのでお変わりナシで。
 デザートのチーズケーキとコーヒー。
 食事を終わった後、私達以外の最後のお客さんが帰るまで、長居した。
 女性3人、おしゃべりがつきなくて楽しい時間を過ごしてきた。
 帰りにFさんから「韓国海苔とエゴマのふりかけをいただいた。
 白いご飯にぴったりのふりかけだ。ご飯にまぶしておにぎりにしたら、
 ほっぺたが落ちそうな位、美味しかった。
 Tさんからは「バネッテリアヴィヴォ」の「ボンボネット」というミニケーキを、
 いただいた。はじめ見た時はクッキーかと思ったが、バターの効いた
 高級ミニケーキの味だった。2つとも止まらなくなる程の美味しさだった。
 19日に、友達のバザー出店の作品を見に行き、その後、ランチの約束をした。
 ランチが大好きな私なので、とっても嬉しい〜

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 2019年9月27日(金)    宇都宮    最高気温28.0℃ 
 妹夫婦滞在4日目 鬼怒川温泉にて
 朝、5時ごろに目がさめた。3回目の温泉に。。
 あんなに食べた夕食なのに朝には、お腹がすいていた。
 美味しそうな朝食のおかず類。明太子をいっぱいお皿に入れて欲張りな私。
 煮豆類とまぐろの刺身。 ヨーグルトとヤクルト。
  パンと果物。 朝はあまり食べないのに美味しくて、お腹いっぱい食べた。
 9時30分、チェックアウトしてホテルの正面写真を撮った。
 このホテルの前を通ると噴水が見えるのに今日はチョロチョロと水が出てるだけ。
 ホテルの従業員に聞いてみると、10時からとの事。
 じゃ〜近くの「鬼怒川楯岩大吊橋」に行ってみようと。。
 つり橋に到着すると残念なことに「通行止め」になっていた。
 ハチの巣あり!「蜂の巣駆除のため27日は終日通行止め」と封鎖になっていた。
 渡る途中に見る鬼怒川の渓谷の風景が素晴らしいのにと妹に見せてあげたかった。
 それに橋が揺れて少し怖いところも面白いのだ。
 ホテルに戻ってみると噴水が始まっていた。
 近くで見る噴水は素晴らしかった。 噴水ショーを楽しめた思いがした。
 最後に、おもいきり空高く噴水が上がった。真っ青な空に映えてきれいだった。
 家に戻ってから妹たちは、帰る支度をし始めた。
 スーツケースに荷物を詰め終わったようなので、
 家を出るのは2時30分だから、少し横になった方がいいよと声をかけた。
 妹の旦那さんは83歳。 とっても元気でいてくれるので有難い。
 でも無理をして小樽に帰ってから疲れが出ると大変だから。。
 茨木空港まで送って行った。妹が暗くならないうちに帰った方がいいと、
 言ってくれたので、搭乗前の入り口で見送って帰ってきた。
 今度会えるのは、いつだろうとちょっとおセンチになったが「元気でね」とつぶやいた。

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 2019年9月26日(木)  日光 東照宮  鬼怒川温泉   最高気温26.2℃ 
 妹夫婦滞在3日目 日光東照宮にて
 きのうは東の小京都と云われる歴史を感じられる町、足利市を観光をしたが、
 今日は日光の東照宮へ行く事になった。
 お昼ごはんを食べてから、ゆっくりと出発した。
 2013年7月から始まった平成の大修理と云われる陽明門の修復が、
 2017年3月にお披露目となった。きれいになっているのだろうな〜
 数年前に行った時は修復中で幕でおおわれていたので今回はと期待がふくらむ。
 車のナビで「東照宮駐車場」に主人が設定した。
 すると「東照宮」の裏側にある駐車場に到着し、坂を登って鳥居を、
 くぐり少し歩くと、すぐに「東照宮」へ着いた。近道になっているみたいだった。
 「東照宮拝観料受付」で1300円の拝観料を払って中に入った。
 ちょっと高いかなと思ったけど、修復には莫大な費用がかかったのだろうと納得!
 まず左手に「五重の塔」がそびえ立っていたのだが、逆光できれいに撮れなかった。
 東照宮の最初の門の「表門」をくぐって中に。。
 「表門」は左右に仁王像が安置されていることから「仁王門」とも呼ばれている。
 「三神庫」には春秋渡御祭で使用される馬具や装束類が収められている。
 「神厩舎・三猿」 猿の一生を描いた彫刻が8面ある。
 有名な「見ざる・言わざる。聞かざる」が。。塗り替えられてきれいになっていた。
 以前、見た時はほこりまみれの薄汚れた感じだったと思い出した。
 母親ザルを見ている子猿が可愛い。 上を見上げている猿。
 下を見ている猿の顔がいいと書いてあったので、真下に移動してパチリ!
 目の表情が、なんとも言えないね。
 いよいよ陽明門が見えてきた。階段の上に金色に輝くその姿が見えた。
 9月の平日、木曜日なのにかなりの混雑にびっくり〜。
 土日だったら人であふれかえっていたかも。。
 陽明門の左右に延びる建物の「回廊」。
 外壁には花鳥の彫り物が飾られている。透かし彫りに極彩色が施されている。
 鐘楼と「陽明門」の説明が書いてある立て札をパチリ!
 階段をのぼって下を見た。パチリ!
 門の両側に構える随身像の金色の衣。 真っ白な彫刻。
 上を見上げると竜の彫刻が。。 陽明門をくぐると正面に唐門が現れる。
 唐門の上に彫られた「舜帝朝見の儀」。
 中国神話に出てくる君主の舜帝が、役人から挨拶を受けている場面とか。。
 門の奥には本殿があります。
 「眠猫奥宮」の立て札が。。
 奥宮の入り口を守る「眠り猫」も美しく修復されている。
 階段をのぼっていくと左は家康公の神棺をおさめた御宝塔がある。
 その先は、妹と旦那さんだけが行くことに。。
 私と主人は膝が心配なので行きたいけど、無理はしない方がいいと諦めた。 
 鳴龍で有名な「薬師堂」。 靴を脱いで本堂の中に。。
 ここではカメラ禁止。天井に書かれている龍の絵をお坊さんが説明をしてくれた。
 拍子木を両手で叩いてみると普通の音。
 龍の絵の真下で叩くと、響きあう鈴の音色のような音が聞こえた。
 これが鳴龍なのかと思った。「あ〜」という観光客の声が多数聞こえた。
 これで観光は終わった。けっこう歩いたね。見応えある内容の歴史遺産。
 帰り際、「五重の塔」の写真を撮ってみた、がやはり逆光。
 妹に夫婦2人の記念写真を撮ってもらった。
 ホテルまでは近くて15分位で着いた。
 お部屋は和洋室。思ったより広くて掃除がいきとどいる。清潔感があってGood!
 すぐにお風呂に入った。 夕食は5時30分の時間を選んだ。
 サラダ。 大好きな蟹。
 お刺身。 いろいろ盛り合わせ。
 大海老の天ぷらとビーフステーキ。 鮎の塩焼き。
 茶碗蒸しとカボチャのポタージュ、湯葉。 果物。
 デザートのケーキ。 美味しいケーキだった。
 チョコフリッターとアイスクリーム。 妹夫婦と主人をパチリ!
 今日は、たくさん歩いたのに、みな元気で嬉しかった。
 私も膝が痛くなるのではと心配したが、なんとか大丈夫だったのでホッとした。

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 2019年9月25日(水)    足利市観光    最高気温28.5℃ 
 妹夫婦滞在2日目
 行ったことのない足利市への観光に出かけた。 東の小京都と呼ばれているとか。。
 まずは2013年8月に国宝に指定された「鑁阿寺(ばんなじ)」へ。。
 室町幕府を開いた足利尊氏。
 その尊氏を輩出した足利氏の本拠地は、栃木県足利市でした。
 中世に築かれた足利氏の邸宅跡が残されており、その敷地には鑁阿寺がある。
 鑁阿寺(ばんなじ)資料より
 鎌倉時代 桁行5間 梁間5間 入母屋造り 本瓦葺屋根
 鑁阿寺(ばんなじ)本堂は足利義兼が建久7年(1196)に足利氏の居館内に持仏堂を
 設け、大日如来を本尊とし脇本尊に薬師如来・聖観世音菩薩と聖天様を祀る
 東日本を代表する中世の密教本堂です。
 現在の本堂は室町幕府初代将軍足利尊氏の父・貞氏が正安元年(1299)に
 再建したもので、当時最新の建築様式であった禅宗様建築をいち早く取り入れ
 外来の新技術の受容の在り方をよく示しています。
 正安元年の建築後、応永14年(1407)から永享4年(1432)の修理により、
 柱と小屋組みを強化して本瓦葺に改められました。
 鎌倉時代後期の特徴をよく現す禅宗様建築は全国的にも類例が少なく、貴重な
 文化財です。創建は鎌倉時代初期、鑁阿寺開基の足利義兼と伝えられています。
 下の写真は立派な建造物の経堂。塗り替えたばかりなのかきれいなたたずまいだった。
 左の写真は大銀杏(いちょう)の大木。
 栃木県指定の天然記念物に指定されている。迫力のある大木だ。
 11月の黄葉の時期は素晴らしいだろうな〜と眺めた。
 多宝塔資料より
 現在の多宝塔は、足利の庄から分家した新田氏の後裔と称する
 徳川幕府5代将軍綱吉の母君が、当地を先祖発祥の地として敬い、
 祖先の菩提供養のために江戸時代前期に再建寄進したものです。
 内部には本尊の金剛界大日如来と脇侍、奥に足利家の大位牌、
 徳川歴代将軍の位牌が祀られており、毎月23日のみ内部拝観できるようです。
 これ以上の大きさのものは大塔と呼ぶそうで、多宝塔としては
 日本最大規模の貴重な文化財となっています。  
 多宝塔のそばの池には鯉が泳いでいました。 弘法大師の像がありました。
 次に行ったのは「足利学校。 車で15分ほどの場所だった。
 足利学校資料より
 日本で最も古い学校として知られ、その遺跡は大正10年に国の史跡に指定されています。
 足利学校の創建については、奈良時代の国学の遺制説、平安時代の小野篁説、
 鎌倉時代の足利義兼説などがありますが、歴史が明らかになるのは、室町時代の
 永享11年(1439)関東管領・上杉憲実が、現在国宝に指定されている書籍を寄進し、
 鎌倉円覚寺から僧・快元(かいげん)を招いて初代の庠主(しょうしゅ=校長)とし、
 足利学校の経営にあたらせるなどして学校を再興してからです。
 足利学校は、応仁の乱以後、引き続く戦乱の中、学問の灯を絶やすことなくともし続け、
 学徒三千といわれるほどに隆盛し、天文18年(1549)にはイエズス会の宣教師
 フランシスコ・ザビエルにより「日本国中最も大にして、最も有名な坂東の大学」と
 世界に紹介されました。江戸時代の末期には「坂東の大学」の役割を終え、
 明治5年に幕をおろしましたが、廃校直後から有志による保存運動が展開されるなど、
 郷土のシンボル、心のよりどころとして足利学校の精神は市民の中に連綿として生き続け
 平成2年の復原完成へとつながり、教育の原点、生涯学習の拠点として、
 新しい学びの心の灯をともしています。
 今日は晴れ渡り、真っ青な空。 歩くと汗ばむ天気だ。
 手入れの行き届いた庭と建物。

 次に向かったのは、あでやかな赤い色が際立つ神社「織姫神社」
 名前が可愛いらしいね。
 足利織姫神社
 1200年余の機場としての歴史をもつ足利。この足利に機織の神社がないことに
 気づき、宝永2年年)足利藩主であった戸田忠利が、伊勢神宮の直轄で
 あり天照大神(あまてらすおおみかみ)の絹の衣を織っていたという神服織機神社
 の織師、天御鉾命(あめのみほこのみこと)と織女、天八千々姫命
 (あめのやちちひめのみこと)の二柱を現在の足利市通4丁目にある八雲神社へ合祀。
 その後、明治12年(1879年)機神山(はたがみやま)(現在の織姫山)の中腹に
 織姫神社を遷宮した。翌年の明治13年、火災に遭い仮宮のままとなっていたが、
 昭和8年皇太子殿下御降誕(現在の天皇陛下)を期し、足利織物組合理事長の
 殿岡利助氏の先導により市民ぐるみで新社殿の建造にかかり、昭和12年5月に
 現在の織姫山に完成、遷宮した。
 平成16年6月、社殿、神楽殿、社務所、手水舎が国の登録有形文化財となる。
 「織姫神社」の駐車場に車をおいて、神社までは少し歩いた。
 砂利道を歩いているとヒガンバナが咲いていた。
 本当にお彼岸の頃に咲く花なんだと実感した。「織姫神社」にぴったりの花だね。
 境内に入って初めてみる神社の風景に素晴らしい〜とつぶやいてしまった。
 写真を撮りたくなる神社、女の人好みの神社だと思った。
 遠くから写真を撮って近くからも撮って、大満足な私。(笑)
 カップルでお参りする人も、ひとりで来てお参りする人がいた。
 恋の成就をお願いしに来たのか、それとも願いが叶ってお礼にきたのかなどと想像した。
 足利織姫神社が縁結びの神社と云われる由縁  資料より
 ご祭神は、機織(はたおり)をつかさどる『天御鉾命』と織女である『天八千々姫命』
 の二柱の神様です。この二柱の神様は共同して織物(生地)を織って、
 天照大御神に献上したといわれています。織物は、経糸と緯糸が織りあって織物
 (生地)となることから、男女二人の神様をご祭神とする縁結びの神社と
 いわれるようになりました。また、織物をつくる織機や機械は、鉄でできて
 いるものも多いことから全産業の神様といわれ7つのご縁を結ぶ産業振興と
 縁結びの神社といわれております。
 「織姫交番」があるんだと写真をパチリ!
 帰り道、車から降りて渡良瀬川と渡良瀬橋の写真をパチリ!
 森高千里が歌った「渡良瀬橋」が有名だ。
 てっきり足利市に住んでいたのかと思ったが、九州熊本育ちだそうだ。
 きょうの夕食は「すし華亭」で。。かなりの人が食べに来ていた。
 板前さんが数人立っていて握ってくれる。
 いちおう回転寿司スタイルだのだが、値段はそれなりのちょっぴり高級回転寿司だ。
 それでも個人の寿司屋さんよりはリーズナブルで明瞭会計なので安心だ。
 10月の消費税10%になる前に、メニューが新しくなっていた。
 最近、値段を上げたみたいだった。
 仕方ないかと思う気持ちと、上げすぎじゃないの?と思う気持ちも。。(笑)
 写真を撮るのを忘れて食べてしまったので、少しの写真だけ。。
 それでレーンを回っているお寿司の写真を少しだけ写した。
 写真はないけど、茹でてないほっき貝を食べた。 帆立も美味しかった。
 私は貝が好き! やっぱり、お寿司は美味しいね。

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 2019年9月24日(火)  宇都宮 最高気温29.9℃       
 小樽に住む妹と甥が宇都宮に遊びに来る予定だったのだが、甥の体調がすぐれず、
 急遽、妹の旦那さんが来る事になった。
 宇都宮1日目
 台風17号が日本を横断した。 東北地方を通る頃に温帯低気圧になったが、
 雨と風は依然として強い。北海道にも注意報が出ていたため、飛行機が飛ぶのか
 心配したが欠航にはならなかった。 本当に良かった〜
 千歳発8時55分。茨木空港着10時20分。
 茨木空港は高速に乗ると我が家から1時間15分で行ける近さなので、
 車を運転する主人もラクチン!。
 飛行機は定刻に到着した。欠航にならなくて良かったねと久しぶりの再会を喜んだ。
 我が家を通り過ぎて、宇都宮駅の近くにある餃子の店「みんみん」へ。。
 今日の昼食は餃子と決めていたのだ。 宇都宮は餃子の町だから。。
 3人がビールを頼んで、飲めない主人は水で乾杯をした。
 久しぶりに「みんみん」で焼き立ての餃子を食べてみたら。。
 焼き方が上手なのか、お腹がすいていたからなのか、すご〜く美味しく感じた。
 餃子、こんなに美味しかったっけ?と思ってしまうほど。。
 今日の夕食は栃木和牛のすき焼き。
 普段は、めったに食べないだが、この機会に栃木ブランドの「栃木和牛」の
 すき焼き用を精肉専門店の「山久」で、きのう買っておいた。
 妹の旦那さんも美味しいと喜んでもらえたので、嬉しかった。
 4人で800gを用意したのだが、少し余った。
 今朝は4時起きだったとの事。 今日は早めの就寝しなくちゃね。

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